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とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

アトリエ引越

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新名神から草津ジャンクションを経由して京都方面へ向かいながら、ノイズだらけのラジオの電波を適当に合わせる。

谷口キヨコだ!」

たった一人の運転席で、僕は思わず叫んだ。

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彼女のDJを聴くのは一体何年ぶりだろう。何日もの徹夜、ボール盤の木屑、鼻につく塗料。眠気眼で作品を運んだトラック、学生時代の記憶はいつも彼女のラジオと共にあった。あの頃と同じようにラジオを聴き、同じように2トントラックを運転して、今僕は自分の作品を迎えにゆく。まるでタイムマシンで20年前に遡ったような錯覚に陥りクラクラする。

大学から離れてから、諦めの悪い僕は摂津峡のふもとに倉庫を借りて自分の作品をそっと保存展示していた。馬鹿馬鹿しいと思いつつも作品を処分する気にはなれず家賃を払いながら彫刻作品制作を再開する日を夢見ていた。それから20年。ようやく今、自宅に作品を置くスペースを用意できた。さすがに巨大な作品をそのまま展示というわけには行かないが、とりあえず運んでしまおうと東京からはるばるレンタカーの慣れないトラックを運転してきたのだった。

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計画では、積み込みには二日かかると予想した。僕の作品の搬入出はいつも非常に簡単だった。たいていどんな展覧会でも搬出は2時間以内で終わった。だから二日の予想も自分ではかなり余裕を見たつもりだ。それがこんなに大変だとは。。。

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まずラジカセを鳴らす。SONY CDF-DW95MkII。これは高校生の頃初めてのアルバイトで手に入れた物かな。作業の開始に分解ずみの材木の積み込みから始めた。作業としては簡単だが、20年積もったホコリを落としながらの作業はなかなか大変だ。とにかくアトリエ内はホコリだらけなので屋外に少しずつ持ち込んで清掃するしか無い。清掃を怠ると自宅の仕事スペースがホコリだらけになるので、出来るだけ綺麗にしてから積み込みたい。また、早めに作業の見通しを立てたいと、四台ある棚の解体から始めるがこれが全然進まない。そして一日目はすぐに終わってしまった。

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二日目は終わるまで帰らないぞと覚悟を決める。まずは大型作品の一つ「独身育毛健康機械」の解体を進める。解体自体は簡単だが、脚立に乗ってる間に床が抜けて怖かった。また、やはりホコリの掃除に相当な時間を取られる。

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次に「ギロチン式健康機械」の解体。これも簡単なのだが解体順序を忘れていて手間取った。メモ: 木枠の解体時には首の枠を固定する M8 のボルトを最初に全部取り外す事。M8 は角材を交差する鉄板にもついている。実は引越先のアトリエの天井高は 2,400 mm しかないので、そのままでは「独身育毛健康機械」や「ギロチン式健康機械」は展示できない。キャスターを外せば何とかなるかなと思っていたのだが、「ギロチン式健康機械」の組み立て時には全体を横に倒す必要がある事が分かった。木枠と同時にベッド部分を組み立てる必要があるからだ。となるとさらに余裕の天井高が必要なので、組み立て方法を変更する必要がある。

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最後の大型作品「チャップリン式健康機械」を解体すると既に夜の十時近くになっていた。この日のうちに終わらせるつもりは満々だったが、小さい作品を積み込んだり棚の解体を続けてゆくうちにどんどん時間は溶け、頭はぼんやりし、明朝三時にスケジュールの完遂を断念した。

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とにかく横になったが、心配が沢山ありすぎて眠れない。スケジュールの延長は可能だろうか? 今日積んだ荷物は崩れないだろうか? 特に、底の方に置いてしまった濃硫酸は大丈夫だろうか? そう、やばいことになぜか若い頃硫酸を買ってしまい、処分方法が分からず放置していたのだった。

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翌朝レンタカー屋に電話すると、幸いな事に一日延長が可能だという。仕切り直しだ。落ち着いて考えよう。このままだと棚の解体に何時間もかかって無理だ。ホームセンターで M12 のラチェットとビットソケットを購入して再開。電動工具を使うと、棚一台 40 分程度で解体可能だ。これは速い。しかし雨が降ってきた。埃と土でドロドロになってしまう。やばい。崩れないように荷物も積み直さなくては。硫酸は怖いので運転席に置こう。と何度も挫けながらも積み込み作業を終えたのは夜八時だった。

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というわけで、翌朝眠い思いをして東京まで引き返し、自宅のアトリエに搬入が終わった頃はすっかり筋肉痛だった。長年の願いが叶い嬉しいはずだが、ちょっとしんど過ぎて何も考えられない。また、引越が終わっても本来の目的である作品の継続的な制作はこれからなので、喜ぶのはまだまだ早い。

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