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とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

娘の入院

去年手術した次女に続いて、長女も扁桃腺とアデノイドの摘出を行った。去年の術後の様子があまりのも可愛そうだったので僕はずっと手術に反対していたのだが、お医者さんに診断してもらうとやはり長女にも強く手術を奨められたので渋々妻に同意した。手術が近づくにつれ、一緒にお風呂に入っている時も寝る前に絵本を読んでいる時も麻酔から醒めずにこれが最期の別れになったらどうしようと嫌な感じが止まらなかった。

新型コロナの影響で面会は一日一人だけという制限があるのだが、手術当日だけは両親とも面会が許される。手術は朝の9時からだったので、早朝義母に次女を預け8時に東京都小児医療センターに到着した。病室に入ると幸いな事に同室に同じ年の女の子がいて症状も手術の日も同じだったので、すぐにお友達になって仲良くお絵かきをしていた。次女の入院の経験からとにかくお友達を作る事が入院生活で最も重要だと分かっていたので、妻が入院時にうまくお友達になるよう取り計らったらしい。

8:40頃看護師さんがやってきて「ぼやっとする薬」を飲ませてもらう。薬は注射器のような容器に入っていて長女はぎょっとするが飲み薬だ。苦いらしく長女は少し吐いてしまった。せっかく着せてもらった手術着が濡れたので着替えをする。薬を飲んだらベッドで安静にしないといけないのだが興奮してしまったので僕は絵本『くものすおやぶん とりものちょう』を読んで落ち着かせた。隣の子もやってきて一緒に聞いているうちに長女はぼんやりして来る。

その後時間通りにやってきたストレッチャーに乗せてエレベーターの所でしばらくのお別れとなった。

後は看護師さんに渡された携帯電話が鳴るまでやる事が無い。病院内のドトールで朝食を食べ、ローソンで昼食を調達する。ファミリールームで妻は前夜のオリンピック卓球ダブルスの映像を繰り返し観ている。僕は持参したキンドル を読もうと思ったが落ち着かない。

11時ごろに手術が終わったと連絡があった。病室の前で待っていると長女の泣き声が聞こえる。声を出すと痛いはずなのだが「痛い痛いママがいない」と繰り返し訴える。顔は青ざめ唇は震えている。とても可愛そうな状況だが、意識があるのでひとまずホッとした。若い担当医は僕たちに小さなアデノイドの破片と2つの大きな扁桃腺を見せ、「予定通り終わりました」と無愛想に告げた。

せっかく戻ったが病室で痛み止めの処置が終わる間はしばらく会えないので辛かった。病室の前で長女の泣き声だけを聞いていた。

看護師さんに三時間はベッドの上で安静にして下さいと指示される。次女の時は術後ぐったり朦朧としていたのだが、長女はのどが痛い、ベロが大きくて気持ち悪いと泣き続けた。あまりにも痛がるので看護師さんに別の痛み止めを処方してもらった。痛さを1から10で教えてと聞くとちゃんと「6くらい」と答えるのでびっくりした。ただ、せっかく持ってくれた痛み止めは苦いの嫌だと言って飲まなかった。その後僕が『ファーブル先生の昆虫教室』を読むとようやく寝た。それから何時間も起きなかった。

僕は次女のお迎えのために先に帰ったのだが、長女は夕食もちゃんと食べたらしい。次女の手術の後は瀕死の状態で可愛そうで見るに堪えなかったのだが、長女は大丈夫そうだ。まだ幼いのにこんなに痛い思いをさせて申し訳ないと思う。

アトリエ引越

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新名神から草津ジャンクションを経由して京都方面へ向かいながら、ノイズだらけのラジオの電波を適当に合わせる。

谷口キヨコだ!」

たった一人の運転席で、僕は思わず叫んだ。

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彼女のDJを聴くのは一体何年ぶりだろう。何日もの徹夜、ボール盤の木屑、鼻につく塗料。眠気眼で作品を運んだトラック、学生時代の記憶はいつも彼女のラジオと共にあった。あの頃と同じようにラジオを聴き、同じように2トントラックを運転して、今僕は自分の作品を迎えにゆく。まるでタイムマシンで20年前に遡ったような錯覚に陥りクラクラする。

大学から離れてから、諦めの悪い僕は摂津峡のふもとに倉庫を借りて自分の作品をそっと保存展示していた。馬鹿馬鹿しいと思いつつも作品を処分する気にはなれず家賃を払いながら彫刻作品制作を再開する日を夢見ていた。それから20年。ようやく今、自宅に作品を置くスペースを用意できた。さすがに巨大な作品をそのまま展示というわけには行かないが、とりあえず運んでしまおうと東京からはるばるレンタカーの慣れないトラックを運転してきたのだった。

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計画では、積み込みには二日かかると予想した。僕の作品の搬入出はいつも非常に簡単だった。たいていどんな展覧会でも搬出は2時間以内で終わった。だから二日の予想も自分ではかなり余裕を見たつもりだ。それがこんなに大変だとは。。。

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まずラジカセを鳴らす。SONY CDF-DW95MkII。これは高校生の頃初めてのアルバイトで手に入れた物かな。作業の開始に分解ずみの材木の積み込みから始めた。作業としては簡単だが、20年積もったホコリを落としながらの作業はなかなか大変だ。とにかくアトリエ内はホコリだらけなので屋外に少しずつ持ち込んで清掃するしか無い。清掃を怠ると自宅の仕事スペースがホコリだらけになるので、出来るだけ綺麗にしてから積み込みたい。また、早めに作業の見通しを立てたいと、四台ある棚の解体から始めるがこれが全然進まない。そして一日目はすぐに終わってしまった。

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二日目は終わるまで帰らないぞと覚悟を決める。まずは大型作品の一つ「独身育毛健康機械」の解体を進める。解体自体は簡単だが、脚立に乗ってる間に床が抜けて怖かった。また、やはりホコリの掃除に相当な時間を取られる。

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次に「ギロチン式健康機械」の解体。これも簡単なのだが解体順序を忘れていて手間取った。メモ: 木枠の解体時には首の枠を固定する M8 のボルトを最初に全部取り外す事。M8 は角材を交差する鉄板にもついている。実は引越先のアトリエの天井高は 2,400 mm しかないので、そのままでは「独身育毛健康機械」や「ギロチン式健康機械」は展示できない。キャスターを外せば何とかなるかなと思っていたのだが、「ギロチン式健康機械」の組み立て時には全体を横に倒す必要がある事が分かった。木枠と同時にベッド部分を組み立てる必要があるからだ。となるとさらに余裕の天井高が必要なので、組み立て方法を変更する必要がある。

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最後の大型作品「チャップリン式健康機械」を解体すると既に夜の十時近くになっていた。この日のうちに終わらせるつもりは満々だったが、小さい作品を積み込んだり棚の解体を続けてゆくうちにどんどん時間は溶け、頭はぼんやりし、明朝三時にスケジュールの完遂を断念した。

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とにかく横になったが、心配が沢山ありすぎて眠れない。スケジュールの延長は可能だろうか? 今日積んだ荷物は崩れないだろうか? 特に、底の方に置いてしまった濃硫酸は大丈夫だろうか? そう、やばいことになぜか若い頃硫酸を買ってしまい、処分方法が分からず放置していたのだった。

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翌朝レンタカー屋に電話すると、幸いな事に一日延長が可能だという。仕切り直しだ。落ち着いて考えよう。このままだと棚の解体に何時間もかかって無理だ。ホームセンターで M12 のラチェットとビットソケットを購入して再開。電動工具を使うと、棚一台 40 分程度で解体可能だ。これは速い。しかし雨が降ってきた。埃と土でドロドロになってしまう。やばい。崩れないように荷物も積み直さなくては。硫酸は怖いので運転席に置こう。と何度も挫けながらも積み込み作業を終えたのは夜八時だった。

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というわけで、翌朝眠い思いをして東京まで引き返し、自宅のアトリエに搬入が終わった頃はすっかり筋肉痛だった。長年の願いが叶い嬉しいはずだが、ちょっとしんど過ぎて何も考えられない。また、引越が終わっても本来の目的である作品の継続的な制作はこれからなので、喜ぶのはまだまだ早い。

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関連

How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need

How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need (English Edition)

ビル・ゲイツによる、地球温暖化対策についての本です。邦訳も夏頃に出るらしい。教科書のように整理してまとまっているので、現状と今後を知るのに便利です。特に大切と思われる項目をメモします。

  • 現在世界中で人類は 510 億トンのグリーンハウスガス(温室効果ガス)を排出している。
  • 温室効果ガスにはメタンのように二酸化炭素の 120 倍も温室効果が高い物もあるので、二酸化炭素に換算した数値を排出量とみなす。
  • 目標は、先進国が 2050 年までに温室効果ガスの放出を実質ゼロにして、発展途上国もそれに続く事。
  • グリーンプレミアム (温室効果割増金)
    • ある製品やサービスについて、温室効果ガス放出ゼロを達成するために追加で必要な費用の割合。
    • この本の中核となるアイデアで、目標達成までの困難度を測る指標。
    • 例えばジェット機の燃料として、石油で作った普通の燃料の代わりに温室効果を排出しないバイオ燃料を使うと燃料代が 140% 余分にかかるとする。この増えた分の 140 % がグリーンプレミアム。
    • 場合によってはグリーンプレミアムがマイナスになる。例えばオークランドでは天然ガス暖房よりも電気ヒートポンプの方が安い。
    • 温室効果ガスゼロを達成するには、グリーンプレミアムを出来るだけ下げるための技術革新が必要となる。
    • 温室効果ガスを排出しない代替物が存在しない場合、直接二酸化炭素回収 (Carbon Capturing) のコストを使ってグリーンプレミアムを計算する。例えばセメントの生産では原理的に二酸化炭素を排出するため、セメントを生産し続けるには二酸化炭素を回収するしか無い。
  • 温室効果ガスの発生源は多岐に渡っている。いくつか目処のつかない物もある。
    • セメント、鉄、プラスチックなどの生産: 31%
      • 特にセメントを生産するためにはどう頑張っても二酸化炭素が発生するので、画期的な技術革新が必要。
    • 発電: 27%
      • ソーラー、風力、原子力発電などを組み合わせて何とかする。大規模な充電技術が必要。
    • 農業、畜産: 19%
      • 牛肉の生産がやばい。ゲップからメタンが発生する他、餌の肥料の生産も大量の温室効果ガスを発生する。
    • 運輸: 16%
      • 出来るだけ電力を使う。電池が持たない長距離輸送には水素やバイオ燃料を使う。
    • 冷暖房: 7%
      • 出来るだけ電力を使う。寒い地域はヒートポンプが効かないので水素やバイオ燃料を使う。切り替えに時間がかかるのが難点。
  • 政府の役割
    • 企業にとってリスクの高い研究開発にもっと資金を出すべき。特に現在グリーンプレミアムの大きい分野では技術革新の効果が高い。
    • 政府は温室効果ガス削減に効果の高い製品を優先して調達するべき。

かつては地球温暖化の議論は本当に起こるかどうかという物でした。それが今日では具体的な回避策の議論に移っています。日々の生活に直接結びつく問題も多いです。気がつけば石油ストーブが消え代用肉を食べる日常になるでしょう。

この本の内容は、Breakthrough Energy というサイトでまとまっています: https://www.breakthroughenergy.org/

双子が小学生になる。

最近の毎日はこんな感じ。

  • 5:00 起床。平日だけ 8キロランニング。前は 11 キロ走っていたがやっぱり眠くて生活に支障が出るので減らした。
  • 6:30 グズグズ過ごす。新機種が出るかもという妙なタイミングで iPad mini5 をメルカリで買ったので、攻殻機動隊みたいなカラフルな漫画とか読む。
  • 7:00 子供を起こす。ゴミ捨て。洗濯物干し。
  • 8:00 - 10:00 妻が子供を出す。仕事のミーティングがあったり無かったりするので日によって違うが、グズグズ過ごす。
  • 10:00 - 12:00 仕事。休日は午前中に玄関掃除とトイレ掃除。
  • 12:00 - 13:00 昼食。コーンフレークやグラノーラ等のシリアルを食べる。Hulu で Halt and Catch Fire やふしぎの海のナディアを観る。もうすぐ終わるのでお勧めください。
  • 13:00 - 19:00 仕事。途中食材を買いに行ったり、気分転換に公園に行く。
  • 17:30 妻が子供を連れて帰る。
  • 19:00 - 20:00 風呂掃除。洗濯物たたみ。夕食。
  • 20:00 - 22:00 風呂と寝かしつけの絵本読み。ほぼ毎晩『ファーブル先生の昆虫教室』。最近は妻がやってくれる事もある。
  • 遅くても 23:00 には寝たい。

こないだ双子が幼稚園を卒業したのだが、私にとって年長さんの思い出はほぼ無かった。コロナのため色々な行事がキャンセルされたし、運動会より Maker Faire を優先してしまったので担任の先生の顔もろくに知らない状態で卒園式だった。申し訳ない。代わりと言っては何だが、毎日お家にいるお父さんなので自宅で子供と過ごす時間は増えた。特に喉の手術の後次女がナイーブになってしまった事もあり、夜はずっと双子と寝ることにしていた。最近ようやく双子が朝までぐっすり寝てくれるようになり、自分のベッドで寝られる。妻は腰が悪いので、週末遊びに連れて行くのも私の役目だ。親に似てインドア派で外で遊びたがらないのだが、足が遅いのが許せないので何とか連れ出している。

先月ようやく自転車を買って練習中だ。私の子供の頃はコマを付けて練習したが、最近はペダルを外して練習するものらしい。確かにコマがついてるとバランス感覚が養われないので合理的な気がする。本当はもっと早くストライダーを与えたかったが、双子の二台を同時に追いかける自信が無かったので遅くなってしまった。

自宅遊びは相変わらずお絵かきが主だが、通販を大量に使うようになって余ったダンボールの工作も結構激しい。ダンボールを部屋に見立て、本を置いたりタオルケットを敷いて居心地の良い空間を作っている。なのでダンボールを捨てるタイミングが難しい。

ピアノとバレエを習わせる事にした。バレエは近所の体育館で安く教えてくれる。運動が得意な方では無いので、楽しく体を動かす事を覚えてくれれば良いなと思う。ピアノの先生も近所で見つかった。特に長女がピアノに興味を持っていて、児童館で延々鳴らし続ける。私も子供の頃楽器が大好きで、学校のオルガンを飽きずにずっと触っていた。ピアノを習ってみたかったがそういう家庭では無かったので、子供にピアノを習わせる事が出来て嬉しい。

さて、いよいよ小学一年生だ。親の立場で学校に行くのは初めてだが、まるで学校は親を教育する場だ。提出書類や持ち物や、色々な予定がめちゃくちゃ面倒くさい。子供の頃から学校嫌いだったが、やっぱり大人になっても学校嫌いが再燃した。申し訳ない事に元児童会長の妻がほとんどやってくれてありがたい。

子育ては年々楽になっている。双子は放っておいても二人で遊んだり、一人で本を読んでくれるので親が付きっきりで付き合う事はあまり無い。逆に勝手にあっちこっち動くので面倒くさい事が増えた。例えば昔は歯磨きの時じっとしていられたが、最近はずっと動いているので歯磨きしづらい。ご飯の好き嫌いも増えたし、親の油断もあってこぼし方も激しくなった。

去年から自宅で過ごす事が多くなり「スマイルゼミ」という教材をやらせているのだが、前は素直に楽しんでいたのに特に長女は上手くいかなくなると癇癪を起こして泣いたりぐちゃぐちゃ書いたりする。そうなると手がつけられないので、落ち着くまで抱っこするしか無い。

あまりにも子供が言うこと聞かないと、言いづらいが僕もついイラっとしてしまい手を上げてしまう事もある。赤ん坊の頃はいくら理不尽な事が起こっても手を上げるほどイライラしなかったが、どういうわけか子供の自我がはっきりして来ると悪意が見える気がして親も我慢出来なくなる。子供には申し訳ないが、いつでも穏やかでいるのは難しい。

The Dispossessed / 邦訳『所有せざる人々』 Ursula K. Le Guin

The Dispossessed (S.F. MASTERWORKS) (English Edition)

お互いを月とする二つの惑星 Anaress と Urras では対称的な二つの社会が発展していた。

過酷な環境の Anaress では、限られた資源の中で生き残るために何かを所有する事が禁じられていた。Anaress には貧富の差が無く人は財産を築かず平等に暮らしていた。職業は Divlab が公正に割当て、辛くて危険な仕事も全員で公平に負担していた。子供は早くから親を離れて寄宿舎で生活していた。

Anaress の人々は、貧困と享楽が同居する身分社会の Urras を軽蔑していた。たった一つの港で限られた貿易を行う以外は二つの惑星の往来は禁じられていた。そんな中で、Anaress の若き物理学者の Shevek は、170 年の鎖国を破り Urras に渡る事を決意するのであった。という話。

1974 年に出版された時代性の濃い作品です。遠く離れた異星人の世界を借りて、冷戦時代のイデオロギー史を勉強している気分になれました。所有が禁じられた社会で行う結婚や子育ての描写、嫉妬による足の引っ張りあいや、自由を求める者への迫害などが面白かったです。理想を求める若者たちの会話が熱く、なんかほっこりしました。

正面から書くのが憚られる時代のテーマを SF の世界を借りるのはよくあるパターンですが、最近はどうなんでしょうかね?

ちなみに、舞台となる Tau Ceti 星系というのは、SF 世界でよく使われる舞台装置だそうです。Wikipedia にも説明があります。https://en.wikipedia.org/wiki/Tau_Ceti_in_fiction

後半出てくる Hain 星人というのも作者グウィンの他の小説にも共通して出てくる設定だそうです。https://en.wikipedia.org/wiki/Hainish_Cycle

Wikipedia めっちゃ有り難いです。

The Tyranny of Merit

The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good? (English Edition)

機知に富んだ問答で有名なマイケル・サンデル教授が、現在のアメリカの分断について語る滅茶苦茶面白い本です。多くのアメリカが大統領選挙結果をインチキだと思っているというのは極端な例だけど、日本でも分断は他人事ではありません。こういう分断がどこから来るのか不思議だと思っていましたが、ピッタリな素晴らしい本を見つけました。あまりに面白かったので二度読んで読書メモを書いてしまった。4月に「実力も運のうち」というタイトルで邦訳が出るようなので楽しみです。

INTRODUCTION:

2019 年に全米を震撼させた入試スキャンダルを枕に、大学入試の公平性について語ります。ある入学詐欺師によると、入学試験には「正門」「裏門」「横門」の三つの門があるそうです。「正門」は普通入試、「裏門」は高額寄付者や卒業生の子息の特別枠で、アメリカでは合法です。スキャンダルを生んだ違法な「横門」では、入試監督を直接買収してしまいます。

金銭で入学資格を得られるのは不公平だけど、果たして他の合法な二つの門は公平と言えるでしょうか? 裏門の特別枠は合法だけど当然不公平です。正門の普通入試は公平っぽく見えますが、合格者の多くが高額所得者の子息であるという統計から公平性が疑われています。

1 WINNERS AND LOSERS

グローバル経済によって貧富の差が広まりましたが、アメリカ人は伝統的に貧富の差を許してきました。いくら貧富に差があっても機会が均等であれば誰でも大学で学んで成功のチャンスが巡ってくるという「実力主義」を信じてきたからです。しかし現実には大学生の多くを富裕層が占め、階層間の移動は難しいみたいです。

一方で、実力主義には倫理上の問題もあります。実際には環境によって学歴が大きく左右されるのに、勝者には今の地位を自分だけの力で勝ち取ったという奢りを植え付け、敗者には自分の責任への恨みを生みます。トランプ主義者たちの本当の怒りの対象は移民や輸入ではなく、このような「実力主義の横暴」でした。

60 年前にイギリスの社会学マイケル・ヤングは、階級社会の解消が実現し完全な機会均等が実現した世界が、実は勝者に傲慢を与え敗者に屈辱を強いる過酷な世界だと述べました。

2 “GREAT BECAUSE GOOD”: A BRIEF MORAL HISTORY OF MERIT

実力主義は一見当たり前に思えますが、努力が実を結ぶという考えは裏を返すと「自業自得」「因果報応」にたどり着きます。この章では西洋における因果報応の思想史を振り返ります。

聖書のヨブ記では、信心深いヨブがなんと神とサタンの賭けの対象にされます。ヨブから財産と子供を奪い、なおかつ信心を保てるか勝負しようと言う酷い話です。何も知らない哀れなヨブは、友人からは因果報応を疑われるが思い当たる節が無く途方に暮れます。

アウグスティヌスによると、因果報応は神に反するそうです。もしも善行で自分を救済出来てしまうなら神は要りません。神は万能であるからして救済は神の気まぐれで行われるはずなのです。しかしこれでは人はお布施もよこさずミサにも来てくれなくなる。困った事になるので教会は実益を取って因果報応を説くようになってしまいました。

プロテスタントは因果報応、特に免罪符への抗議から広まりました。神への捧げに見返りを求めてはならない。死後の救済は神のみぞ知る。しかし、自分が救済されないかも知れない不安から人々は「天職」に身を捧げるようになり、皮肉な事にその勤勉さは蓄財と資本主義を生み出しました。

ここで、勤勉さが天国への救済に繋がる事が「実力主義の横暴」を生み出します。つまり、宗教的な「因果報応」と世俗的な「実力主義」が同一視され、成功が自分自身の正しさの証明となるのです。自己責任は感謝や謙遜より優先されます。

なぜかサンデルは西洋以外の例として、恥ずかしい事に東日本大震災当時の石原慎太郎の言葉を借ります。

「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」

3 THE RHETORIC OF RISING

1960 年代の主要な米英の思想家は偶然の才能によって所得が決まる実力主義を拒否しました。ケネディ以前に大統領が「皆さんは報われる」という言葉を使う事は無かったそうです。近年「努力すれば報われる」という考えはアメリカ社会に浸透したスローガンですが、実はレーガンからオバマまで最近 40 年のものでしかありません。

1980 年代にはサッチャーレーガンの市場重視政策によって実力主義が強調されるようになりました。レーガンは「やむを得ない理由で失敗した者を助ける」と述べ、クリントンは「全てのアメリカ人は神が与え導いた才能に従い成長する権利があるだけでなく義務がある」と述べました。オバマは労働者階級からプリンストンとハーバードを卒業した自身の妻を例に挙げさらに実力主義を推奨したましたが、トランプは大統領選挙中一切そのようなスローガンを口にしませんでした。

「努力すれば報われる」は「報われない者は努力しなかった」の裏返しです。大学を卒業しない大衆にとって、実力主義は持たざるものへの厳しい裁きと映ります。トランプ支持者たちは実力主義の傲慢に背を向け、トランプ大統領を生み出してしまいました。

4 CREDENTIALISM: THE LAST ACCEPTABLE PREJUDICE

国際化による安価な海外製品の輸入と労働力の流入で庶民の所得は低迷し貧富の差が広がりましたが、1990 年代と 2000 年代のリベラル政党は直接の対策を怠りました。代わりに機会均等を推し進める事でこれらの問題に対処しようとしました。教育こそが不平等への回答だったのです。

しかし教育の偏重の副作用として、大学を出ていない庶民から自負を奪ってしまいました。学業の偏重は暗黙のうちに大学を出ていないアメリカの過半数の労働者への差別を生みました。社会から人種差別や性差別が憚られる一方で、公然と学歴差別だけが残ったのです。

2000 年代には多くの政治家が大学卒業資格を持つようになりましたが、歴史的に見ると政治判断の評価と学歴には関連がありませんでした。ニューディール政策を行ったルーズベルトの選んだ閣僚の多くは大学を卒業していなかったし、戦後の世界秩序の構築で名高い英国のクレメント・アトレー内閣の多くは炭鉱夫出身でした。

内閣の多くを高学歴保持者が占めると政治の分断が進行しました。オバマは正しい情報を広め、無知な大衆を啓蒙する事によって地球温暖化対策などの政策を実現しようとしましたが、国際化を振興し所得格差を容認するエリートを信用しなくなった大衆の支持を失いました。

5 SUCCESS ETHICS

ここで、同じような不平等な二つの社会を想像してみます。どちらも上位二割の富裕層が所得全体の六割を得ているとします。ただし、片方が身分によって所得が決まる階級社会で、もう一方は努力によって所得が決まる実力社会です。さて、どちらが幸せでしょうか?

一見実力社会の方が良さそうですが、もし自分が運悪く貧しい身となってしまったらどうでしょう? 階級社会では、自分の境遇が偶然の身分によるものだという事を多くが認めています。豊かな者は感謝を失わず、貧しい者にも自負があります。一方の実力社会では、貧しい者は努力が足りないとして顧みられることはありません。モラルの観点から階級社会や実力社会よりマシな制度は無いでしょうか?

フーリドリッヒ・ハイエクの自由市場主義によると、不平等を解消するための全ての政府の規制や税制を否定して市場に任せるべきだそうです。ただし、貧富の差は市場の偶然の結果であって実力や努力とは関係ないと主張します。

ジョン・ロールズ福祉国家自由主義によると、個人の能力を社会の共有財産とみなし、そこから生まれた利益は広く共有するべきだという事です。どちらの考えも能力は正義ではないと主張していますが、それでも勝者の傲慢は避けられません。

6 THE SORTING MACHINE

実力主義の課題に応えるために、教育と仕事について再検討します。

1940 年代にハーバード大学学長のジェームズ・コナントが入試改革に乗り出す以前のアメリカの名門大学は、上流階級のプロテスタントの子息が勉強せずにパーティーやスポーツを楽しむ場でした。マンハッタン計画に化学者として参加した事もあるコナントは遊んでばかりの大学生を見てアメリカの将来を憂い、アメリカの指導者を育てるために全米から優秀な高校生を集めようとしました。高額な塾の指導で成績が上がる学科試験ではなく、両親の経済環境に左右されない高校生の潜在能力を測る知能テストとして SAT を設計したのです。

コナントに他の大学も追従しました。学生の学業レベルは向上し、白人エリート以外への学問の門戸は広がりました。一方で、大局的に見ると大学はあまり社会階層間の流動化に寄与しませんでした。潜在能力を測るとされた SAT にもすぐに私塾が対応し、富める者が有利な状況は変わりませんでした。代わりに行き過ぎた過酷な入試戦争が残り、青少年の精神の成長成長に甚大な障害をもたらし、受験の勝者に傲慢を生み出しました。

サンデルはこの問題への対策として、くじ引きで大学入試を行うべきだと主張します。加えて SAT 足切りとして使い学生の履修度を保証すれば授業の運営にも問題が無いそうです。

7 RECOGNIZING WORK

第二次世界大戦までは、学歴がなくても十分に家族と仕事を持つ事が出来ました。今日では学歴による格差が広がり大衆は困窮を極め絶望のあまり酒やドラッグで命を失う者も増えています。リベラル政党は手厚い社会保障でこの問題に対応しようとしたが、大衆の支持を得られていません。これは問題が単に経済的なものでは無いことを示しています。

失業の傷を失業保険で癒やすことは出来ません。失業保険の痛みは単に収入が途絶える事ではなく、社会に貢献する機会を失う事です。リベラルが試みたのは経済の成果を公正に分け与える事ですが、選挙民の求めているのはただ与えられる事ではなく、労働を尊重し、公正に社会に貢献し、社会的に評価される機会なのです。市民として私達に与えられた最大の役割は消費ではなく、創造です。

勤勉や社会貢献は歴史的に長く尊重されてきましたが、近年の政治はむしろ主に消費に目を向けてきました。公正な労働の尊重、人生の評価というのは価値観が多様化した現在においては難しいです。一方で消費者を満足させ、GDP を向上させるという目標には議論を挟む余地が少ないため、政府は消費者を満足させるために、国際化を進め、輸入と移民を進め、機械化を進め、勝者と敗者を生み出しました。

有権者の多くが敗者と感じてしまうような政策は持続しません。ここで労働の尊厳に焦点を当てた二つの政策を紹介します。

ある保守派は低所得者の給与を援助する負の所得税を導入し、製造業や鉱業のコストを下げるための環境規制を軽減するべきと主張します。消費者ではなく、生産者を守るためには輸入や移民を減らしても良いのです。

ある革新派は所得税を軽減する代わりに消費税、財産税、金融税を強化するべきと主張します。近年のハイスピード・トレードや金融商品の発達は金融関係者に大きな富をもたらしましたが、実質はただの賭博で人々の生活に貢献していません。このように税によってモラルを操作するべきです。

CONCLUSION: MERIT AND THE COMMON GOOD

アメリカン・ドリーム」という言葉を生み出した James Truslow Adams にとって、この言葉はただの出世ではなく、民主的で公正な社会の実現を意味していました。彼はこの理想を国会図書館の中に見出しました。閲覧室の中で、老いも若きも、富める者も貧しき者も、黒人も白人も、経営者も労働者も、学者も学生も、等しく公共の知を享受している。これこそが「アメリカン・ドリーム」です。

実力が努力ではなく偶然の結果であると自覚し、寛容の心を持つことが、我々の分断から立ち直るための第一歩になるでしょう。

あけましておめでとうございます 2021 年

まだ誰も起きてこないので地下室でこれを書いている。新型コロナにビビって今年は帰省しなかった。新しく引っ越した家で新年を過ごすのも悪くないが、いくら片付けても普段どおり双子が散らかし放題なのでスペシャル感もない。大晦日も普段どおり絵本を読んで双子を寝かしつけていたのであまり紅白も見れなかった。そんな中でも BABYMETAL を観れて良かった。双子が昔あんなにこのグループ、特に『女狐』を気に入ってたのにもう忘れていていた。

せっかくなので抱負というか、今年やりたい事を書いておく。まず一番に大阪に置いてある彫刻作品を持ち帰りたい。僕の見積もりでは、3t トラックのレンタカーで往復2日とナカ作業日、そして予備の一日の最大4日もあれば十分なはずだ。この話を妻にすると、一人でやるなんてとんでもない。友達を頼るか業者を探すべきだと言われるのだが、一人でやる予定だ。人を頼るのが面倒だということもあるし、色々思い出しながら作品の解体をする時に時間をかけてゆっくりやりたいというのもある。

今の地下室は天井高が足りなくて、そのまま再現というわけには行かない。それでも自宅に作品が置けると考えるとワクワクする。新作を作ろうという意欲も湧くのでは無いかと期待している。ただ置くだけでは仕方がなくて、新作をどんどん作りたいので気を緩めてはいけない。アラフィフのサラリーマンの抱負としては馬鹿げてるな。

この九年はアトリエを持つという目標に全振りしていた。傍から見れば変なロジックだろうが、アメリカからの帰国も就職も結婚も全てアトリエを持つために必要な狭い狭い選択肢を注意深く選んできたつもりだ。まず、アメリカではコンピュータ・サイエンスという大変面白い事をやっていたのだが、彫刻と両立させるほどには自分に能力が無いと分かってきて日本でサラリーマンをやる事にした。しかも日本で唯一稼げそうな自動車業界。それからアトリエを持てるまで長期戦になると分かっていたので、生活を安定させるために婚活を始めた。妙な野望を持ったばかりに精神を病む人というのをそれなりに見て来て、家族は必要だと感じたからだ。子供が双子だった事と、仕事が忙しい事は誤算だった。一時期は精神的肉体的に相当過酷だったが、今はかなりましになり、アトリエ付き住宅のローンを組み、今に至る。

ある日、子供を連れて行った図書館で、幼い頃愛読していたエジソンの伝記(西沢 正太郎 著)を見つけた。そこに、少年時代のエジソンがお母さんに地下室を与えられて実験室にしていたというエピソードが紹介されていた。自分のアトリエへの執着がどこから来ていたのか偶然にも理解してしまった。

エジソン (世界の伝記)