言語ゲーム

とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

次女の歯が抜ける

双子の近況

先週次女の歯が抜けた。しばらくグラグラしていて硬いものを食べるのが辛そうだったので、スッキリした。抜けた歯を屋根の上に投げてあげるととても喜んだ。もう新しい歯が顔を出しているのだが、スペースが小さいからかかなりずれた所から出ている。矯正が必要になるかもと今から心配だ。

子育てには色々心配がある。鼻詰まりのせいか双子の寝息はひどく不安定で、夜中に息が苦しくて泣くこともある。扁桃腺が大きいせいもあるのかも知れない。小児科の不眠治療の専門家に診てもらうため、先日次女を一晩検査入院させた。次女初めての外泊。結果はやはり睡眠時の酸素吸入量が少なく、扁桃腺とアデノイドの手術を勧められた。入院は一週間必要。次女は夜中にお母さんが居ないと気づくと泣き叫ぶので、どのようにやり過ごすか悩む。

最近キックボードを買ってあげた。双子も大喜びで久々のヒットだ。ただ、次女の検査入院中に、長女とだけキックボードで遊んでしまったせいで長女だけ上手になってしまい、次女に苦手意識が生まれてしまった。そうなるとさらに長女だけ上手になってしまう。めちゃくちゃ面倒な事になってしまった。

新型コロナ

コロナ騒ぎのせいで自宅勤務の6週間が過ぎた。自分には自宅勤務は向いていない。気分の切り替えが上手く行かないのと、普段物置として使っている部屋を仕事部屋にしていて部屋も椅子も机もモニタも気に入らない。早くコロナ収束しての欲しい。Maker Faire に出している作品もこの部屋で作っているが、作品制作中は気にならないが、仕事には辛い。

僕は何事も素人があれこれ言うべきでは無いという考えなのだが、新型コロナについては後で答え合わせが面白そうなので自分の感想を書く。3月24日(火)に東京オリンピックの延期が発表されてから急に東京の新型コロナ感染者数が増え、感染者41人になった事から小池都知事は3月25日(水)に週末に外出を控えるよう都民に要請した。ここで誰もが疑っていたのは、東京オリンピックの延期が決まるまでは感染者数が少なく見えるよう、東京都は数字を操作していたのでは無いかという点だ。

この陰謀論が正しいかどうかは是非いつか専門家に検証して欲しいと思う。一方でそもそも新型コロナの検査という物は偽陰性偽陽性はともに高く、医療の立場からは検査は治療の役に立たないという。また、新型コロナの感染を測る指針として、国ごとに事情が違う感染者数に意味が無く、新型コロナによる死亡者数だけが確実な指標であり、日本は死亡者数が少ないので他国よりも感染を抑制出来ているという意見もある。検査を控えている理由として、陽性になった軽症な患者が入院する事で医療崩壊が起こるとも言われている。

私としては、検査の精度が低い事や軽症な陽性患者による医療崩壊を勘案しても、やはり統計的に現在の感染者数を推定出来る程度には検査を増やして欲しい。3月26日時点で検査数 101 人に対して新たな陽性患者数 68 人なのだが、これでは陽性の可能性の高い患者を狙い打ちしているだけなので、他人に移す可能性のある感染者がどれだけ居るのかという肝心な疑問に答えられない。

検査の精度が低いのは統計的に補正出来る。軽症な患者は入院させなければ良い。しかし感染者数を推定できないほどの検査数では、外出を控えるべきかどうかの行動を判断しようが無い。東京都の人口 927 万人に対して 3/29 現在の東京都の感染者数は 430 人とある。2万人に一人くらいだ。新型コロナの場合感染してもほとんど軽症と聞いてしまうと、人生をかけた舞台や格闘技のイベントを中止出来る確率では無い。

東京都の感染者数が参考になる数値なのかという議論とは別に、新型コロナを絶滅出来るかという議論も興味深い。市中感染が広まった後の絶滅は不可能なので社会が集団免疫を獲得するのを待つ必要があるという説が一時広まった。これも来年には答えが分かるだろう。

今の正しい市民としての行動は、自治体の発表する感染者数はあてにせず、自分が感染していると想定して他人にうつさないよう用心して、一年くらい窮屈な生活が続くと覚悟する事という事になる。それまでは自分の親にも会いづらい。出来るだけ早い収束を願う。

在宅勤務。スキー。内視鏡。羽村市動物公園。

問題です。ぞうさんのお鼻が長い理由はな〜んだ。

こたえ、お花に水をあげられるように!

親ばかながら、五歳の長女の考えたナゾナゾ(?) に感動してしまった。

スキーにゆく

さて、だらだらと記録を書く。2月15日/16日につくばミニメイカーフェアを終えてから、声が出なくなってしまった! 丁度新型コロナウイルスが熱い話題なった頃だったので、そのまま会議に出ると同僚がさーーーっと引いてしまう。これは風邪でも何でも無く、ただの声の出し過ぎなんです! と弁解するも本当にコロナだったら嫌だなーと思ったので、次の日から在宅勤務にする事にした。私以外の同僚も、この週から在宅に切り替えた者が多い。なので、弊社の多くが在宅勤務を始めた3月17日からの週は特筆すべき週だ。

ただ残念ながら、わずか数週間前の事なのに関わらず、2月17日の週に突然同僚の多くが在宅勤務を始めた直接の原因を忘れてしまった。。。確かに世間的にもなんとなく満員電車やばそうという認識はあったけど、前の週の月曜はそんな雰囲気が全然無かった。もうちょっと詳細に記録を取っておけばと悔やまれる。2月13日の国内初の感染死亡者のニュースや、その家族の屋形船での集団感染のニュースの影響は結構多いが、決定的な理由がなんかあったような気がする。

もともとうちは隣の人と会話するにもチャットを使う非コミュなチームだったので、特に混乱無く在宅勤務は始まった。家に大きなディスプレイが無いのだけが悩みだ。ただ、次の週末 2月22日,23日,24日の連休にサンメドウズ清里にスキーに行ってしまったのは失敗だった。この頃にはすでに世間は自粛モードになっていたようで、「連休はめちゃくちゃ混むよ!」と脅されていた割にはガラ空きだった。ただ天気が悪く初日から吹雪いていて、初スキーとなる双子にとっては最悪な想い出になってしまった。

2月22日(土)の午後、双子をスキーのスクールに預けて僕たち夫婦はへなちょこスキーを楽しんだ。吹雪いていたお陰でリフトが空いてて最高だった。ただ初回から風邪で視界が悪いというのは子供にとってよっぽど怖かったらしく、次女には初日にして泣きながら「もう二度とスキーやりたくない!」と言われてしまった。。。という事で、二日目は天気最高のコンディションにも関わらずふもとで雪遊びをやる羽目になった。まあそれも良いとして、ついでに僕は酷い風邪にかかってしまったようだ。

ここで育児記録的な事を書く。五歳の我が双子はまだおねしょをするので今回の旅行には就寝時紙おむつを履かせた。ただ前回妻がかなりキツく叱ってから次女は気にして何度もおしっこに目を覚ますので、実際濡れる事は無かった。文字もだいぶ読める。ひらがな・カタカナの他、大、中、小や長女は何故か「虫」の読み書きが出来る。次女も割と目についたひらがなは何でも音読するようになった。箸は使えない。自転車は乗れない。長女は前回借りたレンタル自転車が気に食わなかったらしく悪いイメージがついたようなので、乗れるようになるまで時間がかかりそう。

内視鏡検査

連休明けの2月25日(火)から再び自宅勤務を再開する。声が回復しないので不思議だなーと思いつつ気にしないようにしていたが、2月28日(金)には咳で悩まされ始め、ついに風邪だと認めざるを得なかった。ただこの夜の熱は 36.5 程度。そこから一挙に苦しくなり、土日は寝る以外何も出来なくなってしまった。熱は高い時で 37.8。

ここで一つ困った事がある。3月2日(月)に大腸内視鏡検査の予約をしていたのだ。検査の予約には一ヶ月待たされたので、どうしても延期したくなかった。なんとかして週末で治さなくては。月曜の朝もまだ体温は 37.0 あったのだが、検査を延期するよりましなので、なんとか不味い下剤を二リットル飲む苦行に耐え検査をこなした。結果は異常無しだった。無駄な検査で一日を浪費した。くそ健康診断め。

動物園

内視鏡検査で体力を消耗したので翌3月3日(火)は再び熱は 37.8 となり会社を休む。人当たりの悪い耳鼻科で薬をもらって飲むと少しずつ回復して来る。昨日 3月6(金)まで 37.0 の熱を行ったり来たりしながら騙し騙し在宅勤務をこなす。多分業務効率はすごく落ちているけど 37.0 くらいではそこまでしんどくないので仕事してるつもりにはなれる。

今週に入ると安倍首相の臨時休校要請の影響で弊社は正式に在宅勤務推奨となっていた。

今週困ったのは熱よりもむしろ背中の痛みだ。どういうわけか、寝ているだけで背中が痛くて夜中に目が覚めてしまうようになった。思い当たる節としてはこの数週間の運動不足だけだ。なんとか運動しなくては。そう思って、今朝は動物園に行くことにした。ようやく体温も 36.5 に下がった。あまり激しすぎる運動は無理なので、子供が遠足で行ったという羽村市動物公園を目的地とした。

羽村市動物公園は最高だった。動物を間近にすぐ見られる。例えば多摩動物公園サーバルを見るとする。何十分も延々と坂を登ってやっと見れるのは、遠い柵の向こうの高い棚で寝ている動物の後ろ姿だけだ。それが羽村市動物公園だと、入場して右に曲がって一瞬でサーバルちゃんと目が合う。坂もない。ちなみに隣はカラカルだ。多摩動物公園の方が本格的なのは認めるが、幼い児童と気軽に動物に触れ合うには羽村市動物公園の方がよっぽど良い。

あと、動物園に併設されている子供だましのコイン遊具コーナーも良かった。普通西武園や井の頭動物園や智光山こども動物園にある遊具コーナーでは、ゴーカートやミニ鉄道に乗るには係の人に乗せてもらわなくてはならない。羽村市動物公園では、通常係の人の手を煩わせる遊具も放置されていて、コインさえ入れれば誰でも乗れるようになっている。自由に乗れるというのは最高だ。これは散財する価値がある。ただ、うちの双子はこの価値を分かっておらず普段でもセルフで乗れる揺れるだけのピカチューとかしょうもない奴ばかり選ぶので忌々しかった。

昼食はコンビニ。双子が好きな食べ物であるおにぎり、カニカマ、肉まん、唐揚げ等が簡単に手に入るので一番安全。夕食はこれもオプションが多い回転寿司(がってん寿司系)。ただ行った店が、注文した皿の数に応じてタブレットでルーレットみたいなゲームが出来るようになっていて最悪だった。ゲームで外ればかり出るので次女は泣き出し何も食べてくれないし、親もゆっくり食べられ無かった。子供と行く時はゲーム付きの回転寿司は避けるべきだという教訓になった。

つくばミニメイカーフェア2020 出展のお知らせ

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今週末 2月15,16日につくばカピオで開催される「つくばミニメイカーフェア2020」に出展します。

前回 Maker Faire Tokyo 2019 に出品したからくり計算器に加えて、今回ネットから拝借したアイデアを元に制作したリンク機構式の計算器を二台追加でご紹介します。今までは機械式の計算器には重りやバネなど、動作を一方向に制限する機構が不可欠だと思っていたのですが、そのような機構が一切不要な純粋なリンク機構で実現可能な事が分かって大変驚いています。

つくばと言うと、子供の頃見学に行った科学万博つくば'85 以来なので街の雰囲気も楽しみです。

今回のチラシ

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読書

「お」「と」「う」「さ」「ん」「の」「か」「お」

双子の次女が絵本を読んでる!

長女が割と早く字を読めるようになったからか、次女は文字に苦手意識があったようなのだが、いつの間にか声を出して本を読んでいた。僕もなんとなく初めて絵本を読めた時の事を覚えている。それまでは一つ一つの文字と音でしか無かったものが、初めてひと繋がりの文章として読めた時に、目の前の霧が晴れて新しい世界が広がったような気がした。今まさに双子がその時を迎える事が出来てめでたい。

成長といえば、双子はお風呂で自分で頭を洗いたがるようになった。なんでー?と聞くと、よっぽど僕の洗い方が下手らしいからという事だが、見てると頭を撫でるだけで全然洗えてないので強制的に「仕上げ」をする。体も自分で洗おうとするが、動きだけはいっちょ前に見える。このペースで自分で洗えるようになったらお風呂が楽になるな。

また、最近五歳になったこともあり、Scratch JR をやらせてみた。ただ家には iPad が一枚しか無いので双子が喧嘩して大変な事になる。僕が真ん中に座って注意深く順番こに使わせるようにしないとやばい事になるので非常に面倒くさい。もう一枚買ってやっても良いのだが、今のこの喧嘩しながらコラボレーションというのも悪くない気もしてるのでしばらく様子を見る。

Scratch JR で何をやってるかというと、とりあえずネコとか動物をお絵かきして、録音機能で動物の鳴き真似をして、動物をタッチすると鳴き真似が鳴るというのを延々と作っている。一度タッチすると音が鳴る仕組みの作り方を教えるといろんな絵と声で何十匹も作り続ける。たまに矢印タイルで画面上を動かしたりジャンプをしたりもする。ただパラメータ編集を教えるとどうしても大きな数を入れたがって、ジャンプ 999 とかになってしまい却って単調な動きになるので、どこまで親が介入するか難しい。

あと、個々のキャラクターを分けて描くというのがわからないので、どうしても一枚の絵に何匹も書いたり風景まで入れてしまい、巨大なキャラクターになって身動きが取れなくなる。お、これって昔 Squeak EToys をやってた時にありがちな問題だったじゃないかと思ってめちゃくちゃ懐かしくなってしまった。EToys と違って Scratch JR はベクター画像らしく、割と綺麗な線が出るのだが、塗りつぶし機能がベクターオブジェクトに適用されてしまいちょっと幼児には難しい。そういやベクター画像を塗りつぶす問題も Squeak でやったなー。昔 Andreas Raab の Flash Player を元にしたベクター画像エディタを作って、ちゃんとベクターで適当に書いた線でも塗りつぶせるようにしたのだが、陽の目を見ることが無かった。

最近週末ごとに天気が悪いので、雨でも遊べるネタが増えて嬉しい。ただ、うちの子たちはどうも運動が苦手っぽいので、何とか外で遊んでやりたい。雨は嫌だな。

式根島

式根島伊豆七島の一つで竹芝桟橋からジェット船で二時間半ほどのところにある人口五百ほどの小さな島だ。今年の夏休みは人里離れてここでしばらく過ごすことにした。船体を海面から出して進むジェット船というのに乗るのは今回が初めてだ。船旅というよりも、まるで飛行機にも乗っているかのような乗り心地だった。デッキは無くゆったり海を眺める事は出来ないがさほど揺れず助かった。味気ないけど実用的で良い。

島には何件も民宿があるが、小さな島なのでどこに泊まっても自転車ですぐに浜に行ける。式根島の海岸はデコボコなのが特徴で、湾になっているおかげで波がほとんど無く小さな子供と遊ぶには最適だ。我々は北側に位置する「中の浦海水浴場」で過ごした。海水は東京近辺の海とは比べられない程透明で、ちょっと沖に出ただけで沢山の魚たちと出会える。ソーセージを海中で握り潰すと肉のかけらに引き寄せられて数え切れない魚が寄って来る。

一度うっかりソーセージを水面下でぶらぶら持っていると、大きな魚にパクリと指ごと食べられてしまった。歯が無かったので無事だったが僕はびっくりした大声をあげてしまった。子供たちは魚に食べられるとしばらく大騒ぎ。

子供たちの服装は水着にラッシュガード、浮き輪とのぞきメガネと足には古い靴。大人は水着とラッシュガードとライフジャケットにマリンシューズ。他にも膨らますボートやら子供用のライフジャケットやら色々持ってきたが、全部持って海に入れる訳では無いのでもうちょっと絞れば良かった。

子供たちは靴に砂が入るのを嫌がり、岩のウニを怖いと言って嫌がり、とにかく大変だったが、沖で魚を見ると大喜びだった。結構長くプカプカ浮いていたが、夕方になっても海から出たくない程に海を好きになってくれて良かった。中の浦海水浴場にはシャワーも無く、潮でベタベタ気持ちが悪いのですぐに式根島温泉憩の家に向かう。温泉で体を休めてサッパリしたあとは民宿で海の幸を味わうという最高な一日だった。

民宿にはうちの子よりもちょっとだけお姉ちゃんな子供たちがいて、遊び相手にピッタリだった。宿の子の案内でヘリポートに行くと満点の星空に天の川。天の川を見るなんて何十年ぶりだろう。それから宿に帰ると花火大会。うちの子はまだ線香花火しか出来ないけど、宿の子たちが付き合ってくれて派手な花火で楽しんでくれたので盛り上がった。

そろそろ大丈夫にはなってきたのだが、寝るときは一応オムツを付けた。この感じでは来年はオムツいらないかな。

Maker Faire Tokyo 2019 「からくり計算器」ご報告

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からくり計算器 (MFTokyo2019)

「1 たす 0 は何でしょうか? 1 です。」

「へー!」

「1 たす 1 は何でしょうか? 2 です! これを 2 進数でイチゼロと書きます。」

「ほー!!!」

先日の Maker Faire Tokyo 2019 の「からくり計算器」ブースで繰り返し行われたやり取り。いま冷静に思い出すと変な会話です。当日も自分で言っててずーっと変だと思ってました。確かに自分で興味があって作り始めたからくり計算器なので、半加算器とか全加算器について知識のある人が仕組みやデザインに興味を持って持って頂けるのは想定どおりなのですが、「1 たす 1 は 2 です」という「計算が機械で可能である」その基本的な部分に感心されるとはどういう事?!

これは大げさな表現では無く、多くの方に文字通り「感動した」と言って頂きました。「感動」ってこんな時に使う言葉だったっけ?と内心戸惑いながらも、もしかしたら自分も半加算器を初めて知ったときは感動(?)したのかも知れない、もしかしたら自分は「計算が機械で可能である」という驚きをもはや忘れてしまったのかも知れないと思ったりします。もしも自分の作品が、当たり前過ぎて忘れていた驚きを思い出すきっかけになったとしたら、これほど嬉しい事はありません。

京都に続いて二度目の展示となる今回、出来るだけ多くの時間をお客さんとの対話に使いました。話す内容はワンパターンですが、映画『男はつらいよ』の寅さんの如く、お客さんの受けるポイントを探りながら声を出していると、我ながらすごい鉱脈を見つけたのでは?とじわじわ思えて来ました。

「からくり計算器」は決してハイテクではありません。どのコンピュータよりも機能が低く、技術的にも多分数百年前でも作れた物です。そして実現している内容は人類が数を発明してから変わらない知識である「1 + 1 = 2」が出来るだけです。なのに人々はどういうわけか面白みを見つける事が出来るのです。と言うことは、数百年前の人類に見せても、数百年後の人類に見せても、やっぱり面白いはずです。まあ確かに誰にとっても面白いというわけには行きませんが、少なくとも Maker Faire に来るような特殊な性癖の人々にとっては本当に面白いらしいのです。

また Maker Faire での展示で、自分の中の隠れた偏見に気付かされました。制作中に無意識に想定していたターゲットは、自分のようなオタク成人男性でした。展示中も無意識に男性と女性で説明の仕方を変えてしまうのですが、実際には男女での反応の違いはありませんでしたし、説明を工夫すれば小学生にも十分に楽しんで貰えました。

このように嬉しい誤算が沢山の良い機会となり、今後の活動のヒントも沢山ありました。特に多くの方に自分でも欲しいと言われたので、なんとか量産したいと思ってます。阿部さんから『メイカーとスタートアップのための量産入門』の著者の方を紹介して頂き、早速本を読んで勉強している所です。また、ペーパークラフトにして誰でも型紙をダウンロードして作れるようにするのも良いかなとも思ってます。

今回展示内容は以下です。京都で展示した内容 https://propella.hatenablog.com/entry/2019/06/10/233345 に加えて、木製加算器を改良した他、説明用マンガを追加しました。

カラクリ計算器とは何か?

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ラクリ計算器 (Kinetic computers) とは、今まで私が作ってきた木製の計算器や論理機械の事です。以前 Maker Faire 京都に申し込む時にこの造語を付けました。格好つけてあえて定義すると、コンピュータの発明以後にわざわざ電気を使わないで作った計算機の事とします。

ラクリ人形というとお茶を運んだり弓を射ったり人間の動きを機械で再現して楽しむ物ですが、その例えを使うと、カラクリ計算器とは外から見える人間の動きではなく、人間の内にある知能の動きを機械で再現して楽しむカラクリといえます。

江戸時代に多く作られたカラクリの動いている所をご覧になった事はありますか?これが結構凝っていて、弓を射る時のちょっとした首の傾け方とか、筆を持った時の視線の流れとか、相当よく人間を観察して作った物だと関心します。実際の人の動きを見ていたとしても見逃してしまう何気ない仕草でも、カラクリで表現されると改めて新鮮に目に映ります。

同じように、カラクリ計算器の狙いも、人間の知性を再現し、改めて注目してみようという物です。と言ってしまうとぎょっとして、計算器を知性と呼べるのか?とか、カラクリなんかで知性を再現出来るのか?とか疑問が思い浮かぶかも知れません。機械で知性を作れるかという問いは興味深いですが、まさか私もカラクリで完全な知性の模倣が出来るとは思ってないのでそこは横に置いておきます。完全な知性の再現ではなく、知性の一部だけでもカラクリで作って楽しもうというのが主眼だからです。

どんなに複雑な機械も分解していくと単純な部品の組み合わせで出来ています。同じように複雑な知性も「論理」という最小単位まで分解出来るという考え方があります。この「論理」という部品レベルになるとようやくカラクリでも再現出来るようになります。カラクリ計算器で扱う論理は義務教育で習う程度の簡単な物ですが(多分ありますよね?)、実際に作ったり動かしてみると意外な発見があるものです。

何気ない人の仕草もカラクリ人形が真似をするのを見て新鮮に感じるように、わかったつもりでいる論理も実際にカラクリ計算器で動かして見ると案外思わぬ発見があります。

例えば、論理和などの非可逆演算ではある入力に対して必ず出力が一つに定まっていますが、カラクリ計算器では簡単に逆に出力側を動かしてみる事が出来ます。そうすると入力側は空回して位置が定まりません。一方で否定などの可逆演算では出力を動かすと空回りせず入力は決まった所を示します。理屈では当たり前の事ですが、カラクリ計算器では非可逆性が空回り性と対応している事がわかります。このように、逆演算を簡単に試してみたり、真偽値に対して、入力が真と偽の途中にある時にどうなっちゃうのか試せるのは、電子計算機に対するカラクリ計算器の強みです。


Wooden Half Adder 2016

コンピュータ時代に何故わざわざ電気を使わないで計算機を作るのでしょうか?その答えは、電気を使わない事でむしろ知性の原理に近づけると私が考えているからです。大げさなたとえを使うと、19 世紀の写真の発明が画家たちを写実から開放し絵画を一変させたように、20 世紀の電子コンピュータの発明によって大規模な論理回路の追求から開放された今こそ、むしろカラクリで作られた論理回路で知性の形を再現する事に意味が出てきたんじゃないか、カラクリこそがコンピュータ時代に最もふさわしい表現の形なのでは無いかと思っております。