年始なので過去の日記を読み返している。愚痴ばっかり書いたと思っていたが意外と少なかった。えらいな私。始まりは三年前に長女が怪我をした事だった。そのまま長女は不登校になり私は子供のケアに専念するため制作を辞めた。さらに翌年私が転職で家を空けるようになると次女も不登校となった。それでも私は希望を失わないように努力してきたつもりだが、一年ほど前に妻が貧血で倒れた後に何もやる気が無くなってしまった。
電話で妻の怪我を聞いた夜の気持ちはよく覚えている。ああ、もうこれはダメだ。いくら努力しても悪い事しか起こらない。今後何も良い事は起こらない。ここから抜け出そうとしても、不気味な力で後ろのどす黒い穴に引っ張られて抜け出せない。
意外にも家族の状況はそれから好転した。妻の怪我はすぐに治り、次女は少しずつ外出できるようになった。長女はセルトラリンの処方以来会話が可能になり、外出は困難だが以前のように饒舌になった。私だけがあの夜の無力感が残ったままだ。それとも、たまたま妻の怪我のタイミングで自覚しただけで自分の無気力には別の理由があるのかも知れない。毎月会社の心理アンケート的な奴に答えているのだが、変だから受診しろとついに警告メールが来た。
話は変わるが若い頃風邪で寝込みながら考えた事がある。
俺は一日八千円のバイトをしている。一日バイトで寝込むと八千円の損害が発生するばかりか、補填のために将来の一日を無駄にする事になる。彫刻家という金を産まない未来を選んだ俺にとってこの損失は莫大だ。損失を最小化するためには、月給の正社員でなければならないし、できたら寝たままでも金が増える仕組みを構築しなければならない。
絶好調の一日も風邪の一日も、一日は同じだ。そうであれば、元気の無い一日を売って、後で元気のある日に売った金を使うべきだ。それから三十年が過ぎて、まあ仕組みはできた。サラリーマンとして寝込んでいても月給は入ってくるし、子供の引きこもりで旅行に行けず貯めた金は株になって何となく増える。バイト暮らしの長い風邪と比べれば時間を無駄にはしていないはずだ。
いつ自分の元気が戻るのか分からないし、その時になって都合よく会社が暇かどうかも分からない。それでも私は無気力な一日を売って、耐える。そして未来を信じて不確実な将来を買うのだ。
自分が無気力になって、かつて軽蔑していた無気力おじさんへの解像度が上がった。人生は勉強になる。