言語ゲーム

とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella (MF東京 8/3,4)

ザ・アクシデンタル・セオリスト

ぼくが昔、パチンコ屋のバイトのシフトを管理するプログラムを作っていた時の事だ。最近の若者に働いてもらいやすくするために、携帯を活用して簡単にシフトを組めるような奴を作っていた。そのためにお客さんの事務所に伺って業務の流れを調べてゆくのだが、インタビューの中で年配の社員の方に、こういうパソコンとか若い人ええけどわしらついて行けへんわーみたいな事を言われた。その頃からなんとなく、果たしてぼくのやっている仕事は本当に人の役に立っているのだろうかと考える事が多くなった。

確かにコンピュータは今までやっていた仕事を楽にするけれども、結局それは誰かの仕事を奪っているだけの事ではないか? それからしばらく経って「ITと生産性向上」 http://www.chikawatanabe.com/blog/2004/06/it.html というコラムを読んだ時に、その恐れが裏付けられた。コンピュータは人の仕事を奪うと同時に新しい産業を生み出すかも知れないけど、それは強い人をより強くするだけであって、大多数の弱い人には脅威でしかない。そのうちぼくも年をとった時、その時の新しい技術革新に付いて行けなくて落ちこぼれて行くのだろう。

口には出さなくても、漠然とこんな不安を持っている人は多いと思う。ところがどっこい、今日クルーグマンの The Accidental Thorist: And Other Dispatches from the Dismal Science (isbn:9780393318876) を読み始めて、すっかりこんな不安は氷塊してしまった。技術革新による生産性の向上は雇用のバランスを変化させるけれども、全体としての雇用自体が減る訳ではない。少なくとも歴史上それを裏付ける証拠がある。

1970 年からこんにち(本が書かれたのは 1999 年)にアメリカでの工業の生産性は倍増したが、雇用者数はそのせいで減少してしまった。しかし代わりにサービス業での雇用が 90% 増加し、全体としては 45,000,000 人の雇用を新たに生み出した。という事らしい。

クルーグマンはこれを説明するために、ホットドッグとバンしか無い架空の経済を使って話を進める。ちなみにホットドッグと言うとソーセージとパンが一緒になって一本と思ってしまうけど、どうもソーセージの部分だけでもホットドッグと言うらしい。

とにかくその架空の経済では 120 人の人が居て(本では120 million だけど書きにくいので人と書く)、ソーセージ(ホットドッグ) を作るのに一人で二日、パン(バン)を作るのにも一人で二日かかるとする。

という事は、一日に 60 人のソーセージ屋さんが 30 個のソーセージを作り、60 人のパン屋さんが 30 個のパンを焼く事が出来る。

一日に四人で一個しかホットドッグが食べられないのでお腹がすく気がするが、ここで技術革新が起こり、ソーセージの生産性が倍になり、一日に一つのソーセージを作る事が出来るようになった。そうするとどうなるだろうか???

ソーセージ一つにパン一つでホットドッグになるので、今度は 40 人のソーセージ屋さんがソーセージを作り、80 人のパン屋さんがパンを焼く事になった。そして今まで一日 30 個しか作れなかったホットドッグが、40 個も作れるようになった!

しかしそこでとある有名ジャーナリストがやって来て言う。何て事だ、ソーセージ業界の職が 20 人も失われてしまった! そしてソーセージの生産性は 33 % も向上したのに、その雇用は 33 % も減少している。これはグローバル資本主義が巻き起こした危機である!

しかしこれは全体としての雇用が減っていない事実を見逃して現実を見失った例である。クルーグマンはこんな調子で、一般にはびこる経済の迷信を論破して行く。ホットドッグの例について言えば、もしもホットドッグの生産性がさらに上がって一日に 10 個も 20 個も食べないと行けなくなったらどうなっちゃうのだろうかと余計な心配をしてしまうが、きっと何か答えがあるのだろう。

そんなわけで、実はまだ始めの数章しか読んでないのだが、読んでいてとても心が軽くなる感じがしたので日記に書いてみた。このエッセイはウェブからでも読める。

http://web.mit.edu/krugman/www/hotdog.html