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とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

幼稚園

先日幼稚園の面接があった。後から妻に様子を聞くと、『自分でお着替え出来ますか?出来ない?おむつ取れてますか?取れてない?幼稚園ではそれは困りますね。三歳は何でも速く覚える時期なので色々させないと勿体無いですよ』というような事を言われて随分落ち込んでいた。おまるは一応一歳になった頃には家にあってたまに頑張るのだが、まだおむつが取れるほどでは無い。お着替えなどはそもそも出来る感じが全くしない。どうせ大人になっても出来ない人は居ないのだから自然と出来るようになるのではと放ったらかしていたのだが、ここへ来て幼稚園入園の要件であるとは全くの予想外だった。

そんな残念な面接だったが、合格通知が来た。聞けば全員合格という噂だという。そういう事ならなんでそもそも面接なんかするのだろうな。余計な心配をしてしまった。私立幼稚園だからかな?私が育った市と違って、この市には公立幼稚園という物が無いのはちょっとした驚きだった。まあ来年行く所があって良かった。

子供に見せるテレビはもっぱら Amazon Prime なのだが、特に双子たちに人気なのは『タンブル・リーフ』 http://amzn.asia/irEtYbg だ。このアニメは大人が見ても無茶苦茶よく出来ている。物語のパターンは毎回決まっている。

まず、海辺のカニがコマやけん玉等の色々な「宝物」を拾う。カニがそれを放り投げるとたまたま狐の主人公フィグが住処にしている廃船の中腹においてある秘密の宝箱に入る。宝箱物が入ると枝に吊るした鐘が鳴る仕掛けがしてあって、船室のフィグはそれを聞いて『僕の秘密の宝箱に何か入ったみたい!』と船室の滑り台から宝箱に向かうのだ。滑り台には仕掛けがしてあって寝間着から外出着に一発で着替えられるようになっている。ネクタイを締めながら宝を確認し、友達の芋虫やクマと色んな冒険をする。というお話だ。

僕がこの番組が好きなのは、アンパンマンプリキュアと違って無駄な戦闘シーンが無いこと。戦闘シーンと言うのはアイデアの無い脚本に無理やり見せ場を作る安易な手法だ。子供向けのドラマに妙な時間稼ぎをするだけの戦闘シーンなんて悪害だと思う。あと、物語の始まりは基本ワンパターンなのだが、たまに意表をついた始まり方をするのも面白い。特に、箱に宝物が入っておらず『Nothing』というテーマで何も起こらない回があるのは凄かった。本当に何も起こらず主人公達は『なんにもない、なんにもない、、、』とつぶやき続けるのだ。これは脚本家が相当分かってる。

ちょっと嫌いな所は科学的に不自然なシーンが多いこと。普通の子供向けのファンタジーなら多少科学的におかしくても問題ないと思うが、タンブル・リーフは主人公が色々知恵を働かせて問題を解決していくというのが話のテーマなので、例えば小道具に使われる鏡の反射があり得ない方向に曲がっていたりすると、論理の破綻したミステリーを読んでいるような興ざめ感がある。とは言え、アニメーション技術も素晴らしくお薦めです。

最近の双子の成長で嬉しかったのは、ついにシャボン玉を吹けるようになった事。今までシャボン玉をすると吹きたくて仕方がないと訴えていたが出来ないので親が吹いてあげていたのだが、子供のリクエストに応えて吹きまくると酸欠で頭が痛くなり困っていた。それがいつの間にか自分で吹けるようになっていた!これは楽で良い!!反省点としては、実は僕が吹いていたシャボン玉は安っぽい輪っか状の物で、必要な息の量が多いようなのだが、ストロー状の物を使うと三歳児でも楽にシャボン玉を作る事が出来た。道具を惜しんで労力を無駄遣いしてはならないという良い教訓になった。

七五三

先日双子の三歳の誕生日と七五三を終えた。三歳になると記憶は大人になっても消えないと聞くので盛大に祝ってやろうと思っていたが、出張と重なってしまい何となく過ぎ去ってしまった。七五三は一応両親と写真館に行って写真を撮ってもらい、良い親孝行になった。神社へのお参りは台風で大変だった。まあでもお参りというのをした事が無かったので勉強になった。

三歳になると楽になるとずっと言われてきたが、三年経ったからと言って突然何かが変わるわけでも無くそれなりに大変だ。以前よりも随分聞き分けが良くなってきて、たまに家で仕事をする事も出来るようになったので去年と比べると驚異的に大人になったのだろうと思う。ただ、ご飯は食べないしお風呂は嫌がるし寝ないし歯磨きは嫌がるし新しい苦労も増えた。おむつは夏に取れかけたが寒くなるとまた復活してしまった。

具体的な大変さについてちょっと書く。例えばお風呂。長女がこないだ転んで膝に傷ができた。もうカサブタが出来ていて絆創膏さえ貼ればお風呂も平気なはずだが、お湯に膝をつけるのを異常に嫌がる。なので風呂では僕が長女の膝がお湯の上に出るように持ち上げて入れてあげている。それだけなら簡単なのだが、双子だとややこしい事になる。次女は次女で構ってほしいので同時にあれこれ痛いと訴えたり、お湯から出たいとか入りたいとか泡がほしいとか色んな事を言う。片方をシャンプーしてる時にお湯の底に沈んだテントウムシのおもちゃを拾って欲しいと泣かれたりするとイラっと来る。まあそういう事の積み重ねだ。妻のストレスはさらにもっと凄いので最近出来るだけ早く帰るようにしている。

今日幼稚園の願書を出してきた。時間前にすでに長蛇の列が出来ていてびっくりした。明日面接なんだけど、落ちた場合の事を考えると途方に暮れる。今でも保育園代わりに預けている施設を続けても良いのだが、そこは親がチラシやバザー景品作りなど色々手伝う必要があってなかなか大変なのだ。

この三年について振り返りたいと思うのだが、言葉が出てこない。子供の居る三年は全く内省をしない三年だった。つまり、やってくる事件に対応するだけのイベントドリブンな毎日で、長期的に目標を立てるとか、俯瞰的に物事を見るとか、そういう事の全く出来ない日々だった。だからしんどい雰囲気だけ覚えていて、言葉に出来ない。子供の頃は大人って馬鹿だなあと思っていたが、馬鹿な大人ってこうして出来るのだろう。子育てが辛すぎ視野が狭くなり馬鹿になるのだろう。

11 月は一つ小さな作品を作ろうとしている。昔お世話になった画廊が閉じる事になって最後の小品展のお誘いを頂いた。特に新作を作る義務も無いのだが、一年以上も作品を作らないと何のために生きているか分からない状態になり悪夢を見るので無理やりそういう事にした。最近子供が寝るのが遅く 11 時くらいになってしまうので、そこから寝るまでの貴重な時間で何とかしなくては。

題材は前に作った木製半加算器の小型化だ。違うこともやりたいが長く作品を作ってないとやり方を思い出すだけで一苦労なのであまり新しいアイデアを入れられない。リメイクしながら新しいアイデアが浮かんだら良いな。

生後 1090 日 ガラペッタスってなあに?

ガラペッタスこんにちは!

ガラペッタスってなあに?
えと。ガラペッタス

ペッタスってなあに?
ガラペッタス

ガラペッタスってなんだ?
ガラペッタス

ガラペッタスかー。なに、ガラペッタスかー。ガラペッタスってなんだ?
えっとね、ガラペッタス

ガラペッタスなんだ。ガラペッタスさんは?
えとね、寝てる。

寝てる?
うん、そうよ。

見てみる?
うん。

https://photos.app.goo.gl/tJtBBAUSmeAoMUag2

私がガラペッタスを初めて聞いたのは五月の事だ。たまたま撮っていたビデオに映っていて気がついた。最初は次女から始まった。それから長女がガラペッタスについて言及するようになった。意味は分からないが、たまに「ガラペッタスってなあに?」と尋ねるようになった。

良くわからないので、オウム返しに「ガラペッタスってなあに?」と聞き返すと、答えは時によって違う。

「えーとね、ゾウさん」の時もあるし、「亀さん」になる時もある。

どこかで見たテレビ番組かなんかのキャラクターなのだろうかと思っていたが、探しても出てこない。

ガラペッタスとは何だろう。

生後 1078 日 初めての実験成功

長女が松ぼっくりを手に持って、「水につけて!水につけて!水につけたら閉じる!」と叫ぶ。

どうも要領を得ないが、もしかしてテレビで松ぼっくりを水につける実験でもしていたのだろうか。長女は言い出したら効かないので、コップに水を汲んでやって松ぼっくりを浸してやる。

するとどうか。何時間かたってもう一度見てみると長女の言うとおり松ぼっくりのかさが閉じている。

「すごいね、松ぼっくりが閉じたね」

長女は喜んで閉じた松ぼっくりを手に踊りだした。さて、今度は水から出して傘が開く所を観察しよう。

生後 1076 日 電動車いす

妻は幼少の頃に山梨県八ヶ岳地方で育ったのだが今でも縁があり年に一度は訪れている。今年も遅めの夏休みとして知人の家に二泊お世話になった。そこで印象に残った光景がある。

畑の中に佇むある集落に細い生活道路が複雑に折れ曲がっている。道路の両脇が用水路で車がすれ違えないほど狭く、車を運転する僕は恐る恐るハンドルを握っている。ふと目に入ったのは陽気に会話をする二人のお婆さん。二人とも誇らしげに電動車椅子に乗っている。

道路が塞がれて車を前に進めないのだが、電動車椅子の上で井戸端会議という状況が魅力的で、僕は少し離れた場所からじーっとしばらく二人を見つめてしまった。そのうち会話が途切れたのか二人は別の方向に分かれ、こちらにやってきた一人と目が合い、なぜかお互い笑ってしまった。

僕がその時ふと思い出したのは、高校生の時に読んだ大友克洋の『AKIRA』だった。AKIRA では想像上の未来の生活が描かれているが、僕が 2017 年に実際に見たものは結構違っていた。普通の老人が普通の電動車いすに乗って普通に会話する光景、全く普通の光景だけど、もし高校生の僕がこれを見たら絶対思ってたんと違うと言っただろう。

高校生の僕にとっての電動車椅子は、機械化が進んだ陰気な都会のシワシワの超能力少年少女の萎えた身体の表現に見えたが、実際の電動車椅子は若者のいない農村で逞しく農業を続ける老人達の自慢の移動ツールになっていた。とにかく、現実の方が想像よりかなり面白く魅力的だった。

僕はそんな気持ちをお婆さんに見透かされた気がして照れ笑いをしたのだが、お婆さんがそもそも何故こっちを見て笑いかけたのかは謎だ。

対称とは何か?

対称とは何か何十年も考えてやっと分かって来た気がしたのでメモ。

子供の頃から対称とは何かずっと考えてきた。色々な説明を読んでも、対称の例はズラズラ書いてあるけど、ずばりある物が対称かそうでないのかはっきり見分ける方法が良くわからなかった。所詮人間の言葉なので曖昧なのは仕方がないが、それにしても気持ちが悪い。なので、ある定義をまず考えて、もしそこからズレる対称があれば改めて考える事にした。

  • ある値がある。
  • ある変換がある。
  • ある値に対して、ある変換を続けて行う。元の値に戻ったらその軌跡を変換を適用した対称形と呼ぶ。
  • 元の値に戻らなかったら対称では無い。

ようするに、LOGO 的な定義だ。ある点から始めて、まっすぐ 100 歩進んで右に 120 度回るを繰り返すと正三角形が出来ますというやつだ「正三角形はまっすぐ進んで右に 120 度回るを適用した対称形である」。素直にアフィン変換を使うと普通っぽくなる「正三角形は中心点から120度回転を適用した対称形である」。図形じゃなくても x^2 + xy + y^2 のような記号にも適用出来る。ただこれだと、例えば渦巻きとかフラクタルな図形で元の点に戻らないやつは対称では無くなってしまうが、スタート地点としてはまあまあかなと思う。

生後 1041 日 海

三浦半島の横堀海岸に行ってきた。学校のプール程度の小さな浜で、幼児には丁度良い大きさだった。特に狙って行ったわけでは無く、我々に計画性が無いので一週間前に取れた宿がたまたまこの浜の最寄りだったというだけの話だ。それでもこのハイシーズンにも関わらずガラ空きだという、東京近郊の穴場スポットを知ることが出来て良かった。水も結構綺麗で、水底のウニを眺めながら泳ぐ事が出来た。

双子たちはまだ全然泳げないので、水に入れる時は一瞬パニックになってギャーギャー騒ぐが、そのうち落ち着いてパンツ付きの浮き輪でプカプカ浮きながらあっちに行けこっちに行けと指示を出して楽しんでいた。このくそ暑い中水に入れるだけで満足してもらえるので海というのはなかなか便利なものである。

実は私自身に楽しい海の思い出はあまりなくて、子供心にザラザラした砂とか、ヌルヌルした海藻とか、気持ち悪いフジツボだとかが苦手だった。なので成人してからも出来るだけ避けて来た都合上いまさら海に行くと分らないことが多すぎて困る。例えば泳いでいる間財布や鍵をどうするべきかとか、砂だらけになったサンダルの処理等の暗黙知を今から一から覚える羽目になっている。

  • 車で行く場合車に水タンクを積むべし。砂浜でサンダルの水を落としても駐車場までにザラザラになってしまうので、水で砂を落とすのに便利。水が無いと砂を落とすのはめちゃくちゃ面倒くさい。
  • ポップアップテントが便利。おやつや着替え等の荷物を置く。ゴザでも良いが、食べ物を炎天下に置くのは抵抗がある。
  • メガネの人がメガネ無しで海に入るのは度胸がいるが、度入りの水中メガネで何とかなる。
  • 携帯を防水バッグに入れて海に入っていた人もいた。怖いけど大丈夫なのかな?
  • サンダルよりマリンシューズが便利。サンダルは水の中では使えない。
  • 岩のある所で砂を落として陸に上がると砂がつきにくい。
  • 砂浜には海の家というのがあって、海水浴に必要なサービスを一通り提供している。
  • 貴重品は海の家のロッカーに預けられる。
  • 海の家のシャワーを使っても良いが、どうせならあと数百円出してスーパー銭湯に寄って帰ると快適。

ちなみにここに隣接して油壷マリンパークという昭和の薫りの水族館も素晴らしかった。大阪万博とか好きな人にはたまらないレトロな雰囲気。この成り立ちも面白く、東大の末広恭雄という水産学者が魚の生態を広めるために書いた『サーカス水族館』という SF に感動した東急の社長が、サーカス水族館の世界を実現するために作ったという事だった。