言語ゲーム

とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

10月12日(日) 生後7日 病院に付き添う。

(2014年11月3日 記録)

未明 3:00 ごろ、携帯が鳴る。

さやからだ。なんか異常な雰囲気は伝わってくるのだが、要領を得ない。看護婦さんに替わってもらってしばらく話し、とりあえず病院に向かう事にした。眠くて運転をする自信が無かったので自転車を使った。

病室に入るとさやは焦燥しきっていた。話を聞くと、息が出来ないから助けて欲しい。手術以来痛みでほとんど眠れていない。ようやく痛みは薄まってきたのに、眠ろうとすると息が止まってしまう。息が止まると死んでしまうから呼んだ。と言う。

看護婦さんに話を聞くと、数値的にはに問題はありません。血中酸素濃度も問題ありません。バイタルに問題ありません。と取り合ってくれない。ただ、付き添う分にはご自由ですとの事なので、簡易ベッドを借りた。

僕も息が止まるなんて有り得ないだろうと思っていたのだが、万が一という事もあるので眠りにつくさやの横でじっと観察する事にした。さやはひとしきり不安を訴えたが、こうして見てるから大丈夫だから眠ろうと勧めた。さやの言葉数は少なくなり、息は静かに、ゆっくり少しずつ眠りに入って行った。

そして息が止まった。

あれ? と思った数秒後、さやは息を吹き返し、ゼイゼイと肩で息をしながら目を見開き、だめだ、やはり死んでしまうと言う。半信半疑だったが、これは動揺しては駄目だと思って、ゆっくりだけどちゃんと息をしていた。心が高ぶっているだけだから安心して寝てみてごらんと嘘をついた。

何度か試してみたがやっぱり駄目だった。眠りに入ったすぐその後に、さやの息は止まってしまい、しばらくして全身を痙攣させながら目を覚ましてしまう。ナースコールでその事を訴えても、バイタル的に問題無いとの一点張り。朝に先生が来たら診察しますとしか言わなかった。僕達はネットで調べて、これは無呼吸症候群の一種では無いか、産婦人科で対応出来ないなら呼吸器科を紹介して欲しいと主張したのだが、無呼吸症候群で死ぬことは有り得ないと言われた。

僕たちは朝まで何度も眠りを試し、その度に失敗した。そして診察の時間がやって来て、さや一人で診察に向かった。これは万が一の場合、救急車を呼ぶしか無いと、と僕は思った。総合病院の中に入院していて救急車を呼ぶなんて馬鹿げた話だが、ここで何の処置も出来ないのだったら仕方がない。ただ、さすがに医者は看護婦と違ってまともな判断を下すだろうとも思っていた。

診察から戻ってきたさやは、退院する事になった、という。退院して別の病院を自分で探せ、ここの呼吸器科を紹介する事は出来ない、と言われたらしい。この状態の患者に退院を薦めるとは医者もどうかしている。もうちょっと内科を紹介してくれるとか出来ないんですかと訴えたが、この若い女医はただ困った顔をした。

僕たちは方々に電話して助けを求めた。さやの叔父さんの一人は医者をしていて、主治医と直接話をしようとさえしてくれたのだが、その日は生憎祝日で、主治医は不在だった。これはやはり救急車を呼ぶしか無いのだろうかと思ったその時、さっきの女医がもう一人の救急医を連れてきた。

さすがにいきなり退院は心配になったのだろう。救急医は考えられるさやの病状について詳しく話をしてくれた。まず数値的にはやはり問題が無いこと。無呼吸症候群である場合でも、命の危険は無い事。痙攣については疲労に拠るもので、自然に治ると説明してくれた。

そうなるとやはり精神的な要因が大きいのだろう。今のさやの睡眠不足状態では充分考えられる事だ。精神的な要因で息が止まるというのは不可解だけど、精神自体が不可解なのでそれくらいの事はやらかすだろう。僕は救急医に三つの事を頼んだ。退院を取り消すこと。睡眠剤を処方する事。さやの酸素濃度をモニターする事。

救急医の意見は理にかなっているが、今のさやの状態は自己破壊への無限ループを形作ってしまっている。睡眠不足が病院への不安を呼び、不安が睡眠時無呼吸を産み、無呼吸が睡眠を妨げてしまっている。そのループを断ち切るためには、睡眠剤だけでは駄目だ。睡眠剤を飲んで万が一呼吸が止まったとしても病院が助けてくれる事を納得しなくてはならない。そのためには酸素濃度をモニターしてもらわなくてはならない。

救急医は納得してくれて、適切な処置を行ってくれた。そしてさやは久しぶりに眠りにつくことが出来た。さやの病状が本当に回復し始めるまでさらに一週間かかるのだが、破水以来、ようやく明るい兆しが見えてきた。