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とあるエンジニアが嘘ばかり書く日記

Twitter: @propella

イノベーションのジレンマな料理店。

クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』の後半を読んだのでメモします。http://d.hatena.ne.jp/propella/20110507/p1 の続き。

前半でイノベーションのジレンマについて解説した後、後半は対処法について書いてあります。その中で特に面白いと思ったのが、組織の能力の測り方。クリステンセンは組織が出来る事、出来ない事を判断するために三つの指標を上げています。それはリソース(資源)、プロセス(過程)、バリュー(価値観)です。本の前半で、企業の行動を決めるのはバリューネットワークだ!という事が書いてあるのですが、後半を読むまでそのバリューとは何の事やら分からないというなんと言う不親切な構成。。。とはいえ、とても面白い考え方だと思ったので、自分の理解を深めるために料理に例えてみます。

  • リソースとは、素材です。料理に大切なのは何より良い素材を集める事。組織で言うとこれは人材だったり技術だったりします。
  • プロセスというのは技、すなわちレシピやコツの事です。いくら素材が良くても、レシピやコツが無いと美味しい料理になりません。何度も料理を作るうちに、どんどん技に工夫が加わり、洗練化されて行きます。組織で言うと仕事の進め方になります。明文化さればマニュアルですし、師匠から見て盗む種類の物もあります。
  • バリューとは舌の事です。素材と技を使い、美味しい料理を作り出すためには最終的に料理人の舌の良し悪しにかかってきます。舌は自分の好みだけではなく、料理を食べる家族やお客さんの好みに合わせて研ぎすまされて行きます。歴史のある組織では、組織内である価値観が共有されます。その価値観が何をするか、何をするべきでないかを決めます。

例えばあなたが和食の板前だとしましょう。地元では良く知られた店ですが、最近お得意さんが高齢化してあまり来なくなってしまいました。地の利は良いのですが、最近の若い人は隣のファミレスに行ってしまいます。

そこで、あなたは若い人にも来てもらえるよう素材を工夫します。デザートにアイスを付けたり、ちょっと肉料理を増やしてみたりします。素材を変えるのは割と簡単です。すると若いお客さんが来てくれるようになりました。

しばらくすると、また売上げが落ち込んでいる事に気がつきます。どうやら隣のファミレスがあなたのメニューを盗んだ上、さらに低価格で出しているようなのです。しかしなぜ低価格で出せるのでしょうか、なんと隣の店長はかなり料理に手を抜いているようです。ここであなたは決断を迫られます。調理法を工夫してちょっと安く提供するか、今までのお得意さんを重視して昔ならではの技にこだわるか。

あなたは何とか調理法に工夫を凝らし、低価格でしかもぎりぎり味の落ちない手法を編み出します。何とかお得意さんも我慢してくれたようです。しかしまた新たな脅威が!。せちがらい世の中を反映してか世間では激甘ブーム。節操のない隣は十倍激甘メニューというのを売り出し始めました。この激甘ブームの波に乗らなければお客さんは逃げてしまいます。しかしあなたは先代から受け継ぎ、今や自分の血となり肉となった自分の舌に自信があります。何より味を変える事は長年付き合いのあるお得意さんを裏切る事になる。

ここで問題となるのは、板前としての正しい判断ではありません。大切なのは、素材を変えるのは簡単、調理法を変えるのは難しい、味を変えるのはかなり難しいという事実です。また面白いのは、お得意さんの圧力は非常に大きいため、板前自身の判断で調理法と味を変える事さえとても難しい事です。クリステンセンの研究でも、大企業が破壊的イノベーションに対応出来ないのは経営ミスでは無く、既存の顧客が要求するプロセスとバリューを捨てる事が出来ないからだとしています。

この板前の寓話はこれで終わりません。あなたの店はお得意さんを大切にするあまり、残念ながら激甘ブームに負けるでしょう。しかし隣のファミレスも、一旦付いた激甘愛好客を大切にするあまり、次にやって来る激辛ブームに破れる運命にあります。こうして破壊的イノベーションは繰り返される。こういう救いの無い雰囲気がクリステンセンの面白い所だなーと思います。